バレンタインデーなんて行事、一体誰が始めたのか。
全く、迷惑以外の何物でもない。
「・・・・・この量、普通にありえないだろ」
げんなりと溜息をついた三成の足下には、チョコレートやらプレゼントやらで小高い山ができあがっている。
今日は2月14日、世間で言うバレンタインデーだ。
「しかしなぜこの俺がお前のために預ってこなければ・・・俺の身にもなってみろ」
三成はぶつぶつと不服そうに口を尖らせた。
一日中、彼はずっとこんな調子だ。
紙袋を逆さにしてはばらばらと中身を床に落とし、さらに山を積み上げていく。
会社の受付嬢から秘書課の女性陣まで。出勤するやいなや、皆三成を呼び止めては、こそこそと包みやら紙袋やらを手渡していた。
その度に三成が機嫌悪そうに顔をしかめるものだから、問う前にそれが“何か”は見当がついていた。
さらには、取引先のご令嬢や重役夫人からも盛大な贈り物が届き(本人に足を運ばれるよりは幾分かマシであるが)。
お前のせいで自分のデスクが、非常に心のこもった重たいプレゼントで埋もれた、と三成は愚痴をこぼしていた。
「─────食べたければ、食べても構わんぞ」
「って、なぜ俺が貴様からチョコを恵まれなければならんのだ!!!」
ソファーに身体を預けている自分に向かって、空になった紙袋が飛んでくる。
「ふん・・・
「ああ、勿論知っている。俺が言っているのは、他人がお前にやったチョコなど食べたくはないということだ!」
「・・・やけに不機嫌だな、三成。今日の貴様はいつにも増して口うるさいぞ」
はた、と三成が口を噤む。
「・・・どうした?」
「─────・・・れだって・・・・・」
ぼそり、と小さく呟かれた言葉は勢いを失う。
押し黙る彼を見やり、にやり、と曹丕が口角を上げた。
「─────私にチョコでも用意していたか、三成」
「なっ、誰が貴様などに・・・!!!」
顔を上げた三成の頬は、確かに赤く染まっていて。
否定する言葉とは裏腹に、肯定の意味として汲み取れた。
「・・・もしあったとしても、食べないのだろう?捨てられるぐらいなら自分で─────」
「誰も口にしないとは言っておらぬ」
曹丕は腰を上げると、三成の背後、離れたところに残されている紙袋を手にした。
中を覗くと、シャンパンゴールドのシンプルなラッピングがされた箱が一つ。
小振りだが、これは甘党ではない自分でも知っている。
フランス直入で知られる高級チョコレート店の、バレンタイン限定アソートセット。
この時期は店舗の前に長い列ができ、予約さえ困難だと聞く。
「─────っ!それは・・・!!」
「できることならば、お前の手から渡してほしかったが。また投げつけられでもしたら、台無しになる」
「・・・随分と丁重な扱いだな」
自分に読まれていたことが余程悔しかったのか。
三成は曹丕から視線を外した。
「当然だ。お前がくれたものならば、それだけで貴重だと思える」
暫く沈黙が流れたのち。
「─────ありがたく受けとっておけ」
再び口を開いた三成は、やはり素直ではなくて。
薄く苦笑を浮かべながらラッピングを紐解くと、ほのかに洋酒の香りが鼻を抜けた。
つややかな光沢を放つチョコレートが六粒ほど並んでいる。
「洋酒をコーティングしたダークチョコレートだ。これならお前も食べやすいかと─────そっ、曹丕!?」
抱きとめた腕の中で、三成が身じろぐのが分かる。
一体どんな顔をして買ってきたのか、それを考えるとどうしようもなく愛おしく思えた。
「・・・十分、甘い」
ひとりごちた自分の言葉に、三成が肩へ頭を埋めてくる。
「曹子桓ただ一人だけにやる、特別なチョコレートだからな」
バレンタインデーなんて行事、迷惑以外の何物でもないと思っていた。
けれど。
素直じゃないお前から甘い言葉が聞けるのならば、この日も悪くはないのかもしれない。