─────殺気。
肩越しに感じる何者かの気配に、彼は歩調を緩めた。 僅かに首を傾け、元来た路地に視線を移す。
が、閑散とした往来には誰の姿も見受けられない。電柱の影に隠れている、というわけでもなさそうである。
嫌な予感を覚えつつ、彼は家路を辿る足を速めた。
あの十字路を右に曲がれば、家はもうすぐ。
彼がその十字路に差しかかった時だった。
「りーくーそーんーくーーーん」
突如目の前に現れたのは、高さ2メートルはあろうかという巨大な「物の怪」だった。
手足のない黒い胴体に、のっぺりと不気味な仮面の顔。
主人公の女の子が神隠しにあって湯屋で働く、確かそんなストーリーの映画に登場するキャラクターによく似ていた。
しかし当然だが、行く手を塞いでいるこれの正体は物の怪ではない。
「肉をおごれーーー・・・さもないといたずらするごふうっ!!!」
陸遜の華麗な回し蹴りが決まり、その物の怪は見事に空中分解する。
「─────っててて〜!!!手加減なしかよ」
「だから俺は返り討ちにされるって散々言ったじゃねーか!」
「あ?俺のせいだっていうのか?」
「あんた以外の誰のせいだっていうんだっての!そもそも、何で俺があんたを肩車しなきゃ・・・」
「─────喧嘩はよくないですよ、甘寧殿、凌統殿」
黒い笑みを湛えて見下ろす陸遜に気づき、甘寧と凌統の顔が引きつる。
「よ、よっ!陸遜!」
「・・・一体何のつもりですか?」
「何って・・・今日はハロウィンじゃねぇか」
「ハロウィンで焼肉を脅す人がどこにいるんですか」
「─────ったく、冗談通じねぇ奴・・・」
「甘 寧 殿?」
ぼそりと零した甘寧の言葉を聞き逃さなかったのか、陸遜の笑みに一層黒い影が差す。
「ちっ、分かったよ!帰るぞ、凌統!」
「はあ?ちょ、待てっての・・・!」
すいませんでした、と軽く会釈する凌統を尻目に、甘寧は陸遜の家とは逆の方向へ歩き出す。
やれやれ、と溜め息を吐き、家路に戻ろうとした陸遜の背に、遠くから言葉が投げかけられた。
「─────あ、陸遜!あとで凌統連れておっさん家に行くから、それまで肉の準備しておけよ!」
「えっ!?」
振り返ると、あちらを向いたまま後頭部で腕を組んでいるの甘寧が、ひらひらと手を振っていた。
「焼肉かすき焼きかはお前ぇに任せるからよー!!」
「・・・全く、仕方のない人たちですね」
そう言いながらも、陸遜の顔には僅かながら先刻とは違う笑みが浮かんでいた。
「呂蒙殿にいたずらされても困りますから、ね」
今夜は遅くなりそうだから、先に課題をやってしまおうと心の中で呟きつつ、彼は4人分の食材を買いにスーパーへと向かった。