「─────ン・・・」

 温かな光で目が眩み、三成はそっと、目蓋を押し開けた。


(・・・・・朝、か)
 

 (まど)の玻璃を通して晨光が差し込み、遠方からは青雀(すずめ)の鳴き声が聞こえていた。
 暫くの間、見慣れない豪壮な天蓋を仰いだままでいると、徐々に意識がはっきりとしてくる。

(─────此処は、)

 がばりと身を起こした反動で、腰に鈍痛が走った。三成は思わず低く呻く。それが余計に、まざまざと昨晩の記憶を呼び起こした。
 
 隣には、曹丕が。
 
 自分と同様に裸のまま、臥牀の上に横たわっている。
 浅く寝息を立てているその表情は、平生よりも幾分か穏やかで、無防備だった。とても同じ人物とは思えない。

(あの辛辣さや傲岸を面に出さなければ・・・少しは、可愛げもあるのだが)

 端整な顔に触れかけ、不意にその手を引っ込めた。ぎゅ、と自身の拳を握る。


(─────俺は、何を、)
 

 こんなことばかりをしていて、一体何が変わるというのだろうか。
 
 一国の、しかも正妻がいる太子と、夕饗にも出席せずに閨房に閉じ籠って。一晩中、何度も何度も、飽きることなく躯を重ねて。
 不審に思った下女が、きっと訪ねに来たはずだ。けれど、夢中になっていたせいで気付けなかった。動もすると、周囲の者たちにはとうに知られているのかもしれない。
 自分は、どう思われたのだろう。
 
 押し寄せる罪悪感と後ろめたさに、三成は苛まれた。
 愚かとしか言いようのない、己の願望にも。

(・・・部屋に戻ろう)
 
 もう、これ以上、虚しさを感じたくはなかった。
 
 夜具の間からそっと脱け出し、三成は力の入らない足腰を庇いながら立ち上がる。


(─────妙だ・・・・・)

 
 本当に、昨夜行為に及んだのかと疑わしくなるほど、抱かれたはずの躯は綺麗だった。
 赤褐色の痣が刻み込まれてはいたが、名残と思われるものが体内から零れ出ることはない。寧ろ、異物で貫かれた内部の痛みすら、完全に消え去っている。
 内股に触れてみても、べたつく感じはしなかった。



『ご自身が気付かれていらっしゃらないだけで、本当は、思っている以上に愛されているものなのですよ』

 

 庭院で聞いた、市の言葉が脳裏を過ぎる。
 
 自分が寝ている間に、下女に始末をさせたということはまさかないだろう。とすると─────


(曹丕が・・・やったのか?)




「─────何処へ行く」

 
 
 唐突に声をかけられ、三成はびくりと牀榻を振り向いた。
 
 いつの間に起きていたのだろう。身体を反転させた曹丕が、不機嫌そうな顔つきでこちらを見ていた。

「それは・・・俺の私室(ねや)に決まっているだろう」

「そのような出で立ちでか」

「!!」
 
 そう問われて漸く、己が今晒している格好を思い出した。
 いくら同じ男と言えども、流石にあのようなことを交わした後では気まずい。三成は慌てて床に落ちている着物を拾い上げる。

「─────それほどまでに他人(ひと)の目が気になるか、三成」

「あっ、当たり前だ!俺がいつまでもこんなところにいれば・・・」


 困るのは、曹丕の方だ。
 
 自分は何と罵られようが、ただの参謀に過ぎないのだから、それが一国を傾けることはない。
 しかし、皇位を持つ曹丕の体裁が悪くなれば、魏国は諸方に影響を受けることになる。
 
 そんな重い責任、問われたとしても自分にはどうすることもできない。



「此処に、いろ」


 
(なっ・・・・・) 


 言葉を失った三成は、何度か目を屡叩かせた。
 曹丕の口調は、咎めるような、当然の命令だと言わんばかりのもので。

 
「お前は私の隣にいれば、それで、よい」
 
 
 そして何処か、嘆きにも似ていた。



「─────どこまで傲慢なのだ、お前は・・・(ひと)の気持ちも・・・・・知ら・・ないで・・・・・」

 零れた涙が頬を伝い、顎を伝い、そして手にした着物に染みを作る。

 
 自分は、選んでもいいのだろうか。
 
 この選択は、許されるのだろうか。


(誰でもいい・・・教えてくれ・・・・・)





 

−肆−










この話も加筆修正したものです。これを境にサイト閉鎖したことを覚えています。
当時この話を書いた一番の目的が、参頁のシーンが書きたかったからという・・・動機不純すぎます。
なのでラストのオチとか全く考えていませんでした!←
今回も謎な感じで終わっています(汗

実際、三成はうだうだ考えてしまうタイプだと思うんです。
一人で葛藤して、さらに自身で自分を追い込んで。

こういう感情、曹丕と出会うまでは知らなければいい。
嫉妬とか、不安とか、迷いとか。
曹丕だからこそ、そういう気持ちを感じてほしい。

しかし私は三成を泣かすのが好きみたいです。