「こらっ!大人しくしろっ!」
「くそ・・・馬鹿にしやがって・・・」
「───── どうかしたのか」
「みっ、三成様・・・と─────
」
書斎の扉を開けるや否や、素槍を握った二人の
三成が声をかけると、隣に佇む自分に気付いたのか、彼らの顔から瞬く間に血の気が失せる。倒れこむように平伏し、床に額を擦りつけた。
「もっ・・・申し訳ございません、曹丕様!!!」
片方の、肉付きのよい男が叫ぶ。もう一方、細身の男の方は震えるばかりで、口をきくことさえかなわないようだった。
「顔を上げよ。・・・して、この騒ぎは一体何だ」
「は!恐れ多くも・・・
「燕・・・だと?」
顔を上げると、確かに頭上では黒い影が旋回していた。天井が高いせいで、とても手の届く距離ではない。
「燕と言えど、不敬極まりない所業。すぐにこの槍で撃ち─────」
「まっ待て、殺さずに逃がす方法がきっとあるはずだ」
素槍を握り締めた大夫を三成が制止する。
「しかし、如何すれば・・・」
そう問われ、三成は言葉に詰まったようだった。さて、お前の意見を聞かせてもらおう、と言わんばかりの顔でこちらに視線を投げかけてくる。
「・・・三成、妙案が浮かんでから物を言え」
曹丕は溜め息を吐くと、口をすぼめて鳥の
すると、その音に反応したのか、それまで旋回していた燕の動きが鈍り、何度か羽撃いた後に曹丕のもとへと降下する。
「─────俺はたまに、貴様が仙人の仲間なのではないかと疑いたくなる時がある」
曹丕の腕に止まっている燕を見やり、三成は呆気にとられているようだった。
「ふん・・・お前が不器用なだけだ」
「なっ、何だと!?」
「早く逃がしてやれ」
眉を寄せた三成に対し、曹丕は鷹揚として腕を差し出した。
「あ、ああ・・・・・」
曹丕に促され、三成は燕を羽の上から優しく押えるようにして抱えた。 先刻まで宙を飛びまわっていたのが嘘のように、燕は両手の中で大人しく身を預けている。
窗辺に立ち、三成が外界に向かって掌を開いてやると、まるで合点していたかのように燕は手の中から飛び去った。
「─────三成、お前は『鳥』を羨ましい、と思ったことはあるか」
日暈と重なり小さくなる鳥影を見送りながら、ぽつり、と曹丕は零す。その独白にも似た問いに、三成が怪訝そうな表情で振りかえった。
「鳥、をか?」
「いや・・・『翼』のあるものを、と言うべきか」
「・・・・・さあな」
三成は木枠に手をかけ、視線を外す。
「俺のやるべきことは、すでに決まっている。
秀吉様が築き上げんとする世を・・・俺が、支える。是非も何も、それが俺にとっての最善だ。だから─────」
再び、三成と視線が合う。
「迷いなどない」
「─────この世界にいてもなお、か?」
遠呂智が生み出した、混沌の世。
過去も、時代も、国も、身分も、そして人々の想いも。
全てが入り混じり、はっきりとした形を成さない。
だがそれ故、「別の自分」として生きることも許されるのではないだろうか。
しがらみから、切り離されて。
「私はこの世界へと来て、『鳥』が羨ましいと感ずる己の存在に気付いた」
曹丕は唇に指を当て、もう一度鳥の囀りを真似る。
「己がやるべきことは承知している。だがそれは、真に己が成し得たいと願うものなのだろうか。
父の代わりとして指揮を執るうちに、それが解らなくなったのだ」
自分の軍略で。自分の統制で。自分の意志で。
そうやって戦を重ねているうちに、己を捕らえている『籠』が見えるようになった。
─────その『籠』は、
「未だ私は、漸く一方の翼を得たばかりだ。飛ぼうとするには、時間がかかろう」
「─────ならば、俺がお前の・・・片側の翼となってやる」
いつの間にか、眼前には三成が立っていた。
「だから貴様も、俺を飛ばしてみろ」
その真摯な眼差しに、ふ、と曹丕は口角を上げた。
「ふん・・・・・振り落とされんようにな」
「・・・・・当然だ」
棘の壁、その先にあるものを見定めるために。
一対の、双翼となり。
「─────曹丕殿、妲己軍が現れたという伝令が!!!」
突如、張遼が書斎の扉を叩いた。
すでに武具を纏っており、自分の指示が下るのを待っている。
「三成、行くぞ」
「ああ」
何処か余裕さえ胸に感じながら、この戦を制するがため、戦場へと翔けた。