南蛮王猛獲が統べる、益州南部の地。
肌を焦がすような陽が天高く昇る時分、合戦の火蓋は斬って落とされた。
目的は、遠呂智軍に抵抗する蛮族を征圧するため。
勿論これも、軍師妲己からの命である。
「─────おい、誰かいないのか」
しかし、木立に響くは鳥獣の不気味な鳴声だけで、戦場の喧噪すら聞こえない。
声の主は心の中で舌打ちをした。
ぽたり、と顎を伝って汗が落ちる。
足下の赤土が即時に吸い取る様は、いかにここが酷熱の地か知れた。
わざわざ白日の下で侵攻せずとも、とこの暑さに嫌気がさす。
だが、この南中の土地柄上、仕方のないことだった。
早暁に攻めれば、朝靄が立ち込めていて視界が悪い。
かと言って、闇の中では、土地に精通しているあちらに分がある。篝火でも焚いたら最後、狙撃されるのは目に見えている。
(しかしこれでは、夜襲をかけた方がマシだったな・・・)
とは言うものの、この状況を招いたのは己の落ち度である。
総大将である曹丕とは、行動を別にしていた。
自分はあくまで、妲己配下の参謀。
─────飼い犬が噛みついたら、三成さんが躾けてちょうだい?
兵力の温存と、寝返りに対する粛正。それが妲己からの内密な指示であった。
だがそれ故に、三成の陣は孤立しすぎたのだ。
魏軍が苦戦していると伝えられ、そろそろ動くべきかと拠点を離れた、その時。
頭上から、何か黒い影が降ってきた。
木の枝葉に潜伏していた南蛮兵だと気付くのに、一秒。
手綱を引き、赤馬を翻した時にはすでに遅く、深々と馬の四肢に短刀が突き刺さっていたのである。
騎馬は悲鳴のように嘶き、前足で高く宙を蹴った。
三成を馬から引き摺り落とすには、それで充分であった。
地面に叩き付けられるのを覚悟していた三成の身は、宙に投げ出される。
しかし運が良いのか悪いのか。落ちた先は、崖。
(それでもこうして助かったのは、藪に引っかかったからか・・・)
おかげで羽織も袴も、所々が裂けてしまった。右肩から下は、全て破けている。
(とにかく、急いで自軍と合流しなければ)
だが、引き返そうにも崖を登る手段がない。四方は獣道である。
大人しく、救援を待つしかないのか。
(─────いや、それはないだろう)
妲己にとって、自分は捨て駒も同然。曹丕にしてみても、目障りな存在に違いない。
寧ろ一人でも妲己軍の戦力が削れることは、魏軍にとっては好都合だろう。
やはり、自力で戻る道を探すしかない。
三成は鉄扇を振り翳し、目の前を塞ぐ芦を切り開いた。
容易に周囲の視界が広がり、道ができる。
この調子なら、日没までには陣に辿りつくかもしれない。
そう安堵したのも、束の間。
(なっ・・・!!?)
唐突に何かに足を掬われた三成は、ずるずると樹林の中へと引き込まれていった。