「─────肉体の繋がりは信用できぬ」
 
 木床が軋む音がし、曹丕が一歩近寄ったのが分かった。
 びくっと、三成は身を竦ませる。

(当然、か・・・・・)
 
 それでも。
 たとえ曹丕の言う会いたい自分が『友』であっても、今の自分にとっては十分だった。


「だが、お前がそれほど望むならば─────抱いてやろう」

「・・・・・なっ」
 
 無論、耳を疑わないはずがない。
 三成が勢いよく顔を上げると、眼前の曹丕は、まるで城を陥落させた時のようなにやりと人の悪い笑みを作り。
 
 自身の性分である冷静さを取り戻した時には、もう、遅かった。

「んんっ!!」
 
 両手首を強く掴まれ、口が塞がれる。
 ぐらり、と平衡感覚を失いながら、三成はそのまま押し倒されてしまった。
 同時に、一層深く、激しくなる口づけ。唇を舌で割られ、まさぐる様に歯列を何度もなぞられる。唾液が混ざり合う音が、鼓膜を震わせた。

(なぜ・・・だ)

 ぞくぞくと走る快感の中で、三成は未だ疑念を捨てきれずにいた。

「─────っ!!まっ・・・待てっ!!!」
 
 首筋に唇をずらしてきた曹丕の肩を、三成が慌てて突き飛ばす。

「どうした。興が削がれる」
 
 不服そうに顔をしかめる曹丕に、三成は乱れた呼吸を整えながら言った。

「むっ・・・無理にしなくて、いい」
 
 こういう行為は信用できないと先刻言ったばかりだし、何より曹丕には、甄姫という艶麗な正妻がいる。

「フン・・・お前は己のこととなると、愚鈍になるようだな」

「・・・何だと」

「執心してもいない男とこのような行為に及ぶほど、酔狂ではない」
 
「だ、だが―――――アっ!!!」
 
 長襦袢の合わせ目から差し込まれた手が滑る感覚に、思わず嬌声が口を突く。
 三成は自ずと開いてしまう唇を噛み締め、必死で喘ぎを殺した。

「声は出さないのか?」
 
 揶揄を含んだ曹丕の問いに、三成は精一杯の睨みを返す。

(ただでさえ俺が誘った上、組み敷かれているというのに・・・これ以上の醜態は晒したくない)

 さきほどと言っていることが矛盾している様な気もするが。自分の負けず嫌いは、こんな時にでさえとことん発揮されるらしい。

「─────啼かぬなら、啼かせてみよう、か?」
 
 耳元でそう囁かれ、三成の躯が跳ねた。

(そうだった・・・こいつは痴話言を平気な顔で口にする奴だったな・・・)
 
 けれど、そんな呆れた一面さえも愛おしいと感じてしまう。
 そんな自分が、何より許せなかった。





「んっ・・・ああッ・・・はぁっ・・・ん、んんっ・・・・・」
 
 身を起こした曹丕の上に跨がらせられて、腰を掴まれ揺さぶられる。
 彼の肩に爪を立て、高揚感に身悶えるが。

「あっ・・・ア─────ッくぅ・・・・・」

 呆気なく絶頂を迎え、三成は自身の欲望を吐き出した。曹丕の無駄のない、筋肉質の腹部を白濁が汚す。

「フ・・・やはり早いな」
 
 まだまだ余裕が窺える曹丕の声音に、三成はかっと、顔が熱くなるのを感じた。

「だっ、黙れ・・・はぁっ・・・いつもは、こうではない・・・から、な。他の奴となら・・・」

「─────左近か?」

「アァッ!!!」

 曹丕の声色が低くなったかと思うと。
 ずるりと抜ける感覚の後、もう一度下から深く突き込まれた。一度達したからか、余計に感じ易くなっている。

「なぜそこでっ・・・あっ・・・左近が・・・・・俺が・・・んっ、ふッ・・・寺小姓をしていた頃の・・・話・・・・・っだッ・・・・・」
 
 衆道との行為に慣れれば慣れるほど、相手を満足させるこそすれ、決して自分が満たされることはなかった。
 秀吉に目をかけてもらい仕えるようになってからは、無類の女好きの為か手を出されることはなく、寧ろこういった行為には疎遠になっていたとも言える。

(どうして、こいつには─────)
 
 一際激しくなる律動に、三成は曹丕の首に両腕を回した。接合部から音が漏れてくるほど内側を擦り上げられ、あまりの苦しさに背が仰け反る。

「アッ・・・・・こ、こんなっ・・・されたら・・・んぅっ・・・ふあっ・・・・・全て記憶・・・出来ない・・・だろッ」


 最初で、最後の。
 
 やっと、心も、からだも重なったというのに。


「─────煽るな・・・三成」

 曹丕の喉が、鳴ったかと思うと。

「くッ・・・!!」
 
 体内を占める異物がその大きさを増し、三成は息を呑んだ。

「安心しろ・・・俺がが覚えておいてやる」

 そう言葉を紡いだ唇は薄く開き、触れる肌は汗ばんでいた。
 
(『俺』・・・・・)
 
 聞き慣れない曹丕の自称詞に、三成はかつて魏軍が敗北した時を思い出した。
 
 『俺の力が、この程度だと・・・?』
 
 と、初めて動揺を見せた彼の口から出た、悪態。

 そして今も、曹丕は。
 我を忘れるほど、自分を欲してくれていると思ってしまってもいいのだろうか。

(─────俺と、同じ様に)
 
 三成の思考がまともに機能したのは、ここまでだった。
 再び縁側へと押し倒され、両足を肩に担がれる。覆い被さってきた曹丕が、自身を最奥まで一気に埋め込んだ。
 
 責め立てられる恍惚感に身を委ね、翻弄されながら、三成は月だけを見ていた。
 そうは言っても、滲む涙で輪郭は霞んでしまい、ひどく朧げではあったが。

(月ならば、いつの時代にも、ある・・・)
 
 千古から人は、夜月を見上げながら、愛する者に思いを馳せてきたと聞く。


(曹丕・・・お前はどうなんだ)
 
 
 振り落とされないようしがみつく腕に、三成は力を込めた。甘い痛みが躯中を浸食し、酩酊へと誘われる。

(心だけなら、くれてやる)

 混沌とする意識の中で名を呼ぶと、噛みつく様な口づけが降ってきた。
 全てを吸い取られ、そして、満たされていく。


(お前のものだから・・・・・だから─────)




 

−弐−